紙と鉱質インク

これらのスケッチは明暗さまざまな心象を(そのとおり)写実した言語記録(紙と鉱質インク)です

デスストが楽しみだという話

デス・ストランディングが楽しみだ。この高揚感をどのような文章で表現したらいいのだろう。なにか思い立って入力する度にちょっと違う文章ができる。せっかく着るなら格好良く着こなしたいのに、どこか服のサイズが合わないような、そんなぎこちなさが抜けないのはなぜだろう。嘘くさく聞こえるのはなぜだろう。TGSの頃から情報をシャットアウトしているので実機プレイ映像も見ていない。とにかく楽しみだ。 ゲームプレイ面でも、それと密接につながった思想的な面でも。


デスストを待っている間に、積んでいた『11-11 memories retold』というオムニバス形式?のアクションADVを最近クリアした。前評判ではそんなに評価が高くなかったのだが思いのほか楽しめた。第一次世界大戦を題材にしたADVはバリアントハートが有名だが、あれよりコミカルなアクション要素は少なく、より写実的なストーリーで進行する点に好感がもてた。おそらくナレーションの有無がシナリオの没入度を変えるのかもしれない。また、フィールドに落ちている収集アイテムを集めれば、実際の戦時品にまつわるコラムが見ることができて参考になった。同時進行であの分厚いキーガンの『戦場の素顔』も読んだ。これも名著と言われるだけあって塹壕戦の実情をイギリス側の視点で知れて面白かった。(現在はCoDMWをプレイしている)


話しは変わるが、Twitterをやめて半年以上がたった。これで三回目だ。やめたくても、どうしても人々のつながりを求めてしまう。いや、変化の激しい時代を生きていくためにはより多くの情報、たとえばリアルタイムで人々が何に興味があるのかを知る必要があるのだから、求めざるを得ないというべきだろう。もちろん漂流物を検分するだけではなく漂流の流れの向きも重要だ。流れの向きや流量を調べれば、時代の変化を知る手がかりがみつかるもしれない。 

 

今はマストドンに移籍している。Twitterのように執ような広告もでないし、他の人のいいねしたつぶやきが表示されることもない。SNSの拡散を利用して集客を見込むビジネスアカウントもいない。お気に入りやブーストの数がデフォルトで非表示になっているインスタンスもある。使い方はTwitterとほとんど同じ。不満がないといえばうそになるが、今のところは満足している。

 

SNS疲れで始めたもの、特に、より強いつながりを求めてやってくるもの、BANされてやってくるものなど、いろんな事情でFacebookTwitterを離れた人々が一カ所に集まる場(インスタンス)は、一つの渦のように、それぞれ独特の一体感がある。裏を返せば、うちに閉じることはそれだけ一つの場所に長く留まり続けていくために、身内びいきになりやすい。また大概のインスタンスは有志によって運営されているため、企業が運営する他のSNSに比べて環境は不安定だ。失くなったインスタンスもそれなりにあると聞く。実際、mstdn.jpは現在サーバー負荷軽減のため、一時的に外部インスタンスとの連携を断った鎖国状態だ。どうやらDDoS攻撃を受けているらしい。こういったリスクを承知の上で、それでもわたしはマストドンを利用している。かならず誰かがサーバーを所有しなければならない以上、どこも大して違わないのだから。起きたらTwitterがなくなっていたと言われても私は少しも驚かないだろう。

 

誰かに利用されていたプラスチックは海に捨てられてしまえば、流れのままにどこかへ進むしかない。(あるいは自分から飛び込むかもしれない。)

あるものは異国の海岸に漂着するかもしれない。そしてふたたび海に捨てられることを恐れながらも、それでも生き延びるために誰かに再利用されることを望むかもしれない。その一部は新たなプラスチックを製造・品質管理するための上流部品になるかもしれない。そしていつかは焼却炉に行き着くだろう。国家の素敵なイルミネーションを明るく照らすために。

あるいは、クジラに飲み込まれてそのお腹の中でひたすら祈り続けるかもしれない(あるいは反対の静寂主義)。胃袋の壁面に神を投影して落ち着きを取り戻そうというわけだ。祈りの甲斐あってか溜め込んだ動物はいずれ餓死する。栄養に乏しいプラスチックの積載過多にクジラの胃袋は耐えられない。彼らはクジラとともに緩慢な自殺をなし遂げる。自分たちの信じているものが神などではなく多数決の神話だと気づかずに。もっとも、クジラはそれを阻止するために何度も吐き捨てるだろうが。

あるいは、一つの渦にぶつかって新たな大陸を形成するかもしれない。流れの上に身を置かざるをえなくなったものなら誰だって、たとい一時的でも、一つの渦中の安定を望むものだろう。さもなければ、深い深いつめたい海の底に沈むしかないではないか。